川はそこにいる

テレビで富山県が映ったとき、祖母は言った。

「おやべがわっていうのが確かあったわね、私富山に疎開してたのよ」

 

私はどうリアクションすればいいかわからず、ふーん、と言いながら、とりあえずスマホで調べてみた。小矢部川。確かにあった。

疎開疎開か。今の時代には馴染まない響き。もちろん馴染まない方がいいに決まっているが、それにしてもなんだか、私には現実離れした言葉に聞こえる。自分が戦争というものを経験していないから、当然のことだ。本当にそんなことをしていた時代があったのか、と不思議に感じてしまう。

 

ただ、よくよく考えてみれば、今の時代だって現実離れしているというか、世界中でマスクと消毒液が欠かせない生活になるなんて誰も想像していなかったし、ひょっとしたら未来の子供たちは「本当にそんな時代があったの?」なんて思うかもしれない。そんな未来が待っているのかどうかはさておき。

 

正直、マスクをしていなかった頃の生活を既に忘れかけている。記憶の中で友達と遊ぶ大学時代の私は、いつの間にかマスク姿に塗り替えられていて、しばらくしてからはっとする。そうだ、あの頃はまだマスクをしていなかった。気がついてから、少し落ち込む。

現代の人々がマスク生活に慣れ、それが日常となってきたように、戦争中の子供たちにとっても、疎開先で生活することは普通の日常だったのかもしれない。もう他に選択肢はないし、特に疑問も持たなかったのだと思う。

 

そう考えると、当たり前ってなんだろう、とわからなくなってくる。その時その時で状況は異なるし、平和で豊かで健康に生活していることが当たり前だなんて、そんな考えをする方がおかしいのかもしれない、とすら思う。自分の半径数メートルでの日々は、ほとんどいつも完璧ではない。それなら世界規模ではなおさら、完璧な日々なんて存在し得ない。ただ都合よく見ていただけなのだ。

 

 

祖母が話していた小矢部川の画像を見ると、立派な川だった。桜がきれいに咲いている画像も出てきて、きっと地元の人には愛されているのだろう。

川とか山とか、自然のものは一見すると、変わっていくスピードが人間の社会よりも遥かに穏やかで、私はその緩やかさに救われ、気づかされることがままある。

戦争中も今も、小矢部川はずっとそこにあって、ただ流れている。私は実際にその場所を訪れたことはないが、ただそこに変わらずあると考えるだけで、この世界の大きな流れの一部に触れているような気がする。

 

 

自宅の近所にも川が流れていて、数年前はよく散歩に出かけていた。鴨や白鳥が水面を滑る姿に癒されたし、心が洗われるような感覚があった。

でも今は、ほとんど行かなくなってしまった。特にこれといった理由があるわけではないが、以前より忙しくなったのは確かだし、川まで歩こうと思う余裕がないのかもしれない。川に行かない、たったそれだけのことなのに、なんとなく後ろめたさを感じている。

一方で、川はいつでもそこにいる。私の後ろめたさや、社会の混乱なんて関係なく、昼間は光を反射して、鳥や魚たちの居場所となっている。これは大きな救いだと思う。

 

ずっと先の未来の人たちも、あの川を眺めるのだろうか。それとも、いつかは川のない世界が当たり前になるのだろうか。自然にも変化はあるし、人間がそれを加速させているのだから、それは仕方のないことなのかもしれない。でもきっと、まだしばらくは、川はそこにいる。そうであって欲しいと思う。

 

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