親知らずとお写真

3本目の親知らずを抜いた。

 

1本目を抜いた歯医者は藪医者だった。2本目は骨を削る必要があったため総合病院を紹介され、それなりに大々的な処置を受けた。幸いなことに、2回とも腫れや痛みはほとんどなかった。

3本目はどこで抜こうかなあ、と考えているうちに、親知らずはどんどん主張を激しくしていた。既に抜いたところの歯肉に当たって、なんとなく気になる。しばらく検診にも行っていなかったので、妹が通っている歯医者を予約することにした。

 

医院は予想より新しくて綺麗なところだった。それなりに流行っているようで、問診やクリーニングなどは歯科衛生士が担当し、治療本番の時だけ忙しそうな歯科医が周ってくる、そんな様子だった。よほど暇でない限りどこもこんなものなのかもしれない。

診療台に座ると、CGの魚がモニターの中を泳いでいる。これが意外と癒される。今日はクリーニングしかしない予定だけど、もっと痛い治療をするときには緊張がほぐれて良いかもしれない。

そんなことを考えていると、歯科衛生士の女性に声をかけられた。

「はい、じゃあお写真1枚撮りますね〜」

一瞬、何のことかよくわからなかった。歯科衛生士についていくと、案内されたのはレントゲン室だった。なるほど、たしかに写真であることは間違いない。間違いないけど、「お写真」と聞くと写真館で撮る家族写真のような、ちょっと品の良いものをイメージしてしまう。レントゲン写真が下品とは言わないが、お写真と呼ぶにはやや無骨すぎる気もする。

診療台に戻ると、モニターの画面には早速、私の歯のお写真が表示されていた。レントゲン写真をまじまじと見るのは久しぶりで、よくできてるなあ、こんなに写るんだなあ、と思わず感心してしまい、見ていて飽きることはなかった。

 

2度目の診察では親知らずを抜くことになっていたので、私は少し緊張していたけど、細部までよくできたレントゲン写真と、CG水槽のおかげで、長い待ち時間に耐えることができた。麻酔をした後はさすがに飽きてきて、好奇心にも限界があることを知った。

「そろそろ抜きましょうか」

歯科医が私の口に手を入れ、処置に取りかかった。

 

 

結論から言うと、10秒で終わった。

言われるまで歯を抜いたことすら気がつかなかった。「こんなもんですよははは」と歯科医は笑っていたが、1本目を抜いた時の噴水のような出血は一体何だったのか。早く終わって嬉しいはずなのになぜか腑に落ちない自分が、更に腑に落ちなかった。

「抜いた歯、持って帰ります?」

私は反射的に「はい」と言ってしまった。抜いた歯を入れるための、歯の形をしたケースが好きなのだ。それがもらえるなら持って帰ろう。歯は縁の下に投げればいいや。そう思っていると、衝撃的な一言が続いた。

「持って帰るのはいいんですけど、いらなくなったらここに持ってきてくださいね。医療廃棄物扱いになるので」

私がぽかんとしているうちに、歯科医は一通りの説明を終えた。歯は指とかと同じで人間の体の一部だから、普通に捨てると怒られちゃうんですよ〜。

初耳にも程がある。あの有名な古くからの言い伝えは、あくまで過去のものなのだろうか。

 

気づけば、私の手にはガーゼで包まれた親知らずが収まっていた。ぽかんとしている間に受け取ってしまったらしい。しかもケースには入れてもらえなかったらしい。悲しい。

今回もまた、痛みも腫れも経験せずに済みそうだった。それよりも、私はこの通院でいろんなことを学び、また一つ大人になったような気がしていた。

 

家に帰って、親知らずのお写真を撮った。握りすぎたせいか、ガーゼがこびりついてしまって剥がれない。もうどうしたらいいのかわからない。

 

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